『来る年も、笑顔に頼る』




前編




年の瀬の新選組屯所内の一角。
局長の部屋。
そこには珍しく顔を青くした局長、近藤勇の姿があった。
向かい合って座るのは、今日屯所を訪れた近藤が懇意にしている者だったのだが――

「それは…大変な一年でありましたな」
「いやあ、参りました…やはり厄払いというものはきちんとしておかなければなりませんな」

久々に目にした近藤の友人は、一体何があったのだ―と思うほど、外見がやつれ頼りなげに見えた。
ここまで友人を徹底的に参らせた理由は、一つ一つは大した事ではないのだが、彼を襲った些細な悲劇は止むことがなかったようだった。

「うむ…そういった事は考えたことはないのだが…」
「いや、俺もなかった。だけど来年からはきちっと…厄払い悪霊払いをせねばと痛感した」

悪霊払いとは…よほど参ったのだろう。
近藤がその善良な面差しに悲痛な表情を浮かべると、男は僅かに微笑みを浮かべながら、ゆっくりと腰を上げた。

「近藤さんも…この新選組を担うのですから。そういうことは馬鹿にしないほうがいい」
「そうか。そうだな。トシに相談してみよう」

こんな二人のやりとりが、新年のくだらない騒ぎの発端になるなどとは――




「…よかった!皺が出来てない」

もちろん千鶴のことではなく。
今のは、ピカピカに皺なく詰まった黒豆の出来に、千鶴が漏らした一言である。

「味はどうかな?大丈夫かな…」

そうっと一粒だけつまもうとした時、「つまみ食い発見〜!!」という突然の声に驚いて、思わず一番近くにあった黒豆を菜箸で刺してしまった。

「ああ〜…」
「それ、もう御節には使わないよね」

ひょいっとお行儀悪く手でつまみ、ぱくっと食べてしまったのは自由気ままな一番組組長だった。
もぐもぐ食べながら、うん、と頷いた後、もう一つ取ろうとして…

「あ、だめですよ。沖田さん。御節に入れるんですから」
「君だって今一つ食べようとしてたじゃない。一つも二つも変わらないよ」
「私のは味見だったんです…あの、どうですか?味は…?」

総司の手をやんわりと戻しながら、そう尋ねればにこっと笑顔で…

「おいしくない」
「えっ!?」

ガーン!!どうしようっ!?
サーっと顔色を変える千鶴の様子を、総司は楽しげに見つめながら、もう一つと手を伸ばした。

「すっごく美味しくないから、僕が全部食べてあげるよ」
「・・・・・・・はあ、でも・・作り直すのは間に合いませんね。どうしよう…」
「千鶴、気にしなくていい。総司の言葉と行動に矛盾を感じろ。鵜呑みにしなくていい」

いつの間にか勝手場に入って、肩を落とした千鶴を気遣うように三番組組長が優しく声をかける。
え?と振り向けば、すぐ傍からスっと黒豆を一粒箸で器用に取って、自分の口に運んだ。

「・・・・何の問題もない。いや、むしろ…煮売り屋のものよりうまい」
「本当ですか?よかった…斎藤さん黒豆お好きなんですか?」
「いや、そこまでではないが…これはつい手を伸ばしたくなる――」

どこかの組長とは違って、素直に褒める様に千鶴の顔はみるみる緩んで――

「あの、他にも田作りとか、昆布とかちぐりとかも作ったんです。味見してもらえますか?」
「そんなものまで作ったのか…毎年煮売り屋などで済ませていたのに…作るよう頼まれたのか?」
「そういうわけではないんですけど…いつも皆さんが美味しいっておっしゃってくださるので、御節も作ってみようかなって…」

一つ一つを小皿に取り分けて、味見お願いします、と斎藤に手渡して。
斎藤も、俺でよければと少し顔を和らげて。

「土方さんに頼んでみたんです。私がお作りしてよろしいですか?って」
「そうだったのか…来年はどれも千鶴の手作りなのか。楽しみだな」
「・・た、楽しみにする前に味見お願いします」

料理より千鶴をじっと、嬉しそうに見つめる斎藤に、千鶴は思わず気恥ずかしさに「どうぞ!」と強めに料理を勧めた。
頂こう、と箸を伸ばした斎藤だったが、斎藤の箸よりも総司の手の方が早かった。

「・・・・・・・・・・」
「お、沖田さんっ何して…」
「〜〜〜〜ごほっ!詰、まった…」
「あ、お茶っ・・お茶です!はいっ!」

一つ一つ味わうものなのに、一度に口に入れればそれはそうなる。
むせた総司を心配するどころか、斎藤が険しい視線を向けた。

「一体何のつもりだ、総司」
「何のつもりだ…はこっちだよ。人がせっかく千鶴ちゃんの料理独り占めして、いい気分でいたのに」
「・・?いい気分?沖田さん美味しくないって…」

おろおろしつつ、総司から空の湯飲みを受け取る千鶴に、総司はむすっとしたまま言葉を続けた。

「さっき、斎藤君も言ってたでしょう。矛盾してるって…美味しいと思ったから一人で食べたいと思っただけだよ」
「・・・・・そうだったんですか・・・あの、でも一人であの量は食べられないと思いますよ?」

いや、気にするべきはそこじゃあない。

二人の心の声がキレイに重なった瞬間だった。

「とにかく。そんな僕の願いをあっさり切り崩しただけじゃなく、他のまであっさり食べてほのぼのしてるとか…」
「そんな捻くれたことをするから悪いんだ。俺は何も間違った事は言ってはいない」
「ま、まあまあ…」

二人の殺伐とした空気を背にしながら、もう一度味見用に二人分用意する千鶴。
案外たくましいのかもしれない。

「少しくらいは平気ですよね。お二人に美味しいって言って頂ければ…私も安心して詰められます」
「…総司にも、もう一度味見させるのか」

千鶴がせっかく丹精込めて作った料理を、あんな風に雑に食べた総司に、ついつい、もう食べるなと言いたくなる。

「だって、さっきのじゃ味が全くわからなかったし」
「自業自得だろう」
「斎藤君がいきなり現れるからでしょう」

ブツブツ言い合いながらも、千鶴が期待を込めた目でじっと見てくると…自然口をつぐんで、箸を進めるあたり二人とも結構可愛いところがある。

「・・・・・どれも、美味いな。これは、正月が楽しみだ」
「うん。美味しい。ね、伊達巻とか、栗金団はないの?僕…伊達巻は甘いのがいい」
「俺は…甘くないのがいい」

総司の素直なお願いに乗せて、珍しく斎藤も希望を口にした。
まだ作っていないんですけど…と千鶴は一度思案しているような顔をした後…

「それじゃあ、甘くないのを」
「・・・そうか」「ええええ!?何で!何で斎藤君の!?」

見事に対照的な反応だった。
この瞬間の斎藤の笑顔を見たら、きっと鬼の土方当たりも驚いて口を開けたに違いない。

「あの…一日は斎藤さんの誕生日ですし。私に出来ることって…あまりないと思うので…」
「いや、十分・・嬉しい。特別なことをしてくれなくても、そういう気遣いが…」
「本当ですか?私の方こそそんな言葉頂けて嬉しいです。明日はたくさん召し上がってくださいね」
「ああ、千鶴の作ったものを一緒に・・・食べられるといい。・・何か手伝うことはあるか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何これ。誕生日ということだけで斎藤君が優遇されるだなんて…そんな事があっていいの?
しかも今、さり気に「一緒に食べられたら〜」とか言っちゃってるけど…
正月はみんなそれぞれ好きに飲んで食べてなところあるし…、広間で一斉に食事ってわけじゃない。

それって二人きりでってこと――?


させるか。


「ねえ、千鶴ちゃん。お正月は暇だよね?ああ、いつも暇だと思うけど…明日はすることないよね?」
「え?そうですね…お酒の用意とかはあるかもですけど…ご飯の支度もないですし…」
「それなら、僕と一緒に遊ぼう。近所の子供達も一緒に遊びたいって言うかも。だから、明日僕といようね」
「子供達…そうですね。沖田さんはよく遊んでいるから…カルタとか、羽根つきとか…あ、男の子は独楽回しとかでしょうか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
総司、わざわざ断られないように子供をだしにして…いや、本当なのかもしれないが――
何故だろう、千鶴が総司と共にいる、と思うと胸がムカムカする。

誕生日など、気にしたことは無かったが・・・千鶴の気遣いが嬉しかった。
特別なことはしなくても、二人でのんびりした時間が持てればいいと思っていた。
いつもなら…総司に付き合っていては時間がもったいないと思うのだが、今は引く気になれず――


「…千鶴はどんな遊びが得意なのだ?」
「え?私は…羽根つきとか…」
「そうか、たまにはそうした時間を過ごすのもいい」
「・・・・ちょっと待って。今の言い方。僕と千鶴ちゃんの間に割り込んでくるつもり?」
「何故だ、二人きりではないのだろう?」

キッと、すでに明日の千鶴を巡って視線をかち合わせる二人。
千鶴はそのまま、残りの御節の支度に取り掛かった。

後ろで、明日どちらが一緒にいるか、勝負だ!と…そんな言葉を耳にしたような気もしたのだが。

今の千鶴には、隊士の皆さんに御節を―それに必死だったので頭に入っていなかったのだった。





「ああ?厄払いに、悪霊払い?」

一体何言ってやがんだ、近藤さん――

言葉にせずとも、視線だけでそう問いかけてくる土方に、近藤は大真面目に首を振った。

「冗談ではないぞ、トシ。そういうのもきちっとしておかなければ…」
「おいおい、何でいきなりそんなものに頼ろうとしてんだよ」
「話せば長いことになるのだが――」

近藤以外の申し立てならば、すぐに「じゃあ聞かねえ。後にしろ」か「却下だ」で終わったのだが。
相手は近藤である。
さすがの土方も無下には出来ず、その話を聞くことになったのだが――


・・・・・・正直、くだらねえ・・・くそっ面倒なこと吹き込みやがって!

土方は、今はすでに暇したその友人に向かって、心の中で舌打ちした。
何せ近藤の顔は大真面目。
今、そんなこと、と言っても聞きやしない顔なのである。
そして、少し申し訳なさそうに微笑む顔は…その顔には弱い。


「あ〜…わかった、わかったよ。」
「そうか、いつも助かる。トシ、…すまないな」
「そんな顔すんなよ、で?その顔じゃもう何か考えてんだろ?」

自分がそう言うとわかっていただろうに、心底嬉しそうに笑う近藤に思わず土方の眉間も緩んだ。

「ああ、平隊士までは無理だと思うが、やはり幹部隊士にもそれはさせておきたいんだ」
「・・・・・・・あいつらも、か?いや、そりゃあわかるけどよ…」

明から様に嫌そうな顔をする面々が頭に浮かんだ。
きっと正月くらいのんびり―と思っているだろうし――

「…俺が、皆の分も頼んでくるってんじゃだめなのか?」
「そういうことは、やはり直接本人がせねばなあ」
「…皆で参拝って訳じゃあなさそうだな。一体何させる気だ?」

土方の言葉に、近藤が一言、明日幹部隊士達ですることを告げた。
一瞬顔を顰めた土方が、ああ、なるほど、と頷き苦笑いで近藤を見上げた。

「あいつら…すると思うか?」
「?何故だ。楽しいと思うのだがなあ」

子供のようにウキウキした面持ちの近藤に、一番楽しそうなのは近藤さんじゃねえかと、土方は小さく息を吐いた。







後編へ続く







大晦日のお話、です。
お正月、何をするのでしょうか。
沖田さんと斎藤さんと千鶴はどうなるか…

楽しみにしてもらえると嬉しいですv