yuria様リクエスト




三国恋戦記:玄花SS(ED後です)
※yuria様のみお持ち帰り可とさせて頂きます。



『春宵は愛の帳』




酒宴の上席、いつもなら上機嫌で女官を侍らせ、酒をすすめられるまま、杯を口にする孟徳は、この日珍しく不快をあらわにしていた。

「孟徳、どうした…満座の色も醒めてしまうぞ」
「元譲、今の状況を・・喜べるのか、酒がすすむ筈もない」

玄徳にいいように事を運ばれた。
献帝を許都から連れ出され、長安に・・遷都をされ。
挙句、丞相という地位を取り上げられた。
その代わりの官位や爵位などに、意味など何もない。

今は、三国が落ち着いたように見えてはいるが…

「俺のしてきたことが…あと少し、というところで切り崩された。わかるか?…玄徳…やはりもっと前に決断しておくべきだった…」

葬る機会ならばいくらでもあった。
彼の者の人柄に好感を抱くと共に、危険因子も感じた。
・・・だが、これほど早く動けたとは…

「注意すべきは別、か…誤ったのか…」
「・・・孟徳?」
「元譲、兵を出せ。今一度…俺のなすべきことをする為に…一人の軍師を手元に――」

許都にも優秀な軍師はいる。
献帝を擁している、という大義名分がない今、迂闊に戦を起こすのはまずい。
元譲がそう口を挟む前に、問答無用とばかりに孟徳はその手を前に伸ばした。それが作戦の開始だと言うように。

「諸君!宵月もまだ出ぬうちにすまないが…長夜の宴はまたの機会に。その折には我が事を成就させると誓おう」

誰も否、とは言えなかった。
冷たい眼を光らせて、その場を去る孟徳の背中に声をかけられるものなどいなかった。

「・・・孟徳、軍師とは…」
「おまえはわかっているだろう?…あの子がいなければ、今の世はなかった――彼女を我が手に」
「しかし、あの娘は玄徳の庇護のもと、だろう」
「泣き言は聞かない。少数精鋭でいい。娘一人を攫うことも・・今の俺には不可能だと?」

これ以上の口出しは無用だと、孟徳はそのまま漆黒の夜に消えて行った。


星さえも静まりかえったような夜が宮を包む。
新しい位を任されてから増えた仕事にも何とか一区切り付け、玄徳は暫しの休息を求めて廊下に出た。
夜風が疲れ切った体を瘉すように凪いて・・けれど、それよりも求めてしまう癒しがある。

ふいに、ふわっと肩にかかる柔らかい風に、愛しい花の気配を感じ玄徳がゆっくり振り向けばそうではなく。

こんな些細なことでもあいつを求めてしまうんだな…

少し前なら、その想い故に苦しんだが、今は、花に捕われた自分の気持ちに素直に動くことができる。
幸せに満たされた日々を信じて疑わない玄徳は、真っ直ぐに花の部屋へと向かった。

「花、俺だ・・・・・いないのか?」

もう眠っているのだろうか?それならばせめてその寝顔を一目、と玄徳は部屋に入り帳をのぞいた。しかし…

「・・・いない?こんな時間に・・芙蓉の所にでも・・・」

きっとそうだ、と思う気持ちを飲み込むように、何故か不安が広がっていく。
近頃、ようやく新体制に落ち着いてきたこの時を狙って、何かが動き出したような気がして…

そんな玄徳の不安をさらに大きくさせるように、雲長がこちらに向かって走って来た。

「玄兄!」
「どうした雲長…何かあったのか?」
「・・関所の手形を特別に発行した覚えは…ありますか?」

玄徳は雲長の質問にすぐに首を振った。
そんな覚えはどこにもない。
そしてその報告は…こんな夜分に関所を越えようとしたものがいる、ということだ――

「簡単に説明してくれ」

玄徳は雲長の答えを立ち止まって聞くことはしなかった。
厩舎に急ぎ足で向かいつつ、自分の後を付いてくる雲長の返事を待つ。

「詳しいことはまだわかりません。ですが…特別に発行されたという手形を見せられ、関所の門を開けた瞬間を狙って、女を抱えた馬が抜け去ったという報告が―」
「それだけで十分だ、俺の馬を!」

玄徳がそのまま何も支度をせずに行こうとするのを見て、雲長が玄兄!とその行手を遮ろうとする。

「何か心当たりでも「お前はわかっているだろう、雲長・・花がいない――」
「・・この宮のどこにも・・いないのですか?」
「いや、確かめたのは部屋だけだが…俺にはわかる・・止めるなよ」

玄徳はそれだけ言うと自分の愛馬に跨がって、着の身着のまま、何も支度をせずに出立しようとした。
それを一頭の馬が遮った。子龍だった。

「殿!お待ちください・・お一人でなど行かせる訳には参りません!手筈を整えてから…」
「それでは遅いんだ!・・・俺には見当がついている。それに・・兵を連れて行けば事が大きくなる・・一人で行かせてくれ」

こうしている間にも、花はどんどん自分の許から離れて行くと思うと、耐えられなかった。
同じ世界にいる。探せば見つかる。
けれど…傍にいない。それだけで心がどうにかなりそうで――

「殿、花殿はご無事です。恐らく連れ去ったのは…」

子龍の言うことなどわかっていた。だが、そんな時間すら惜しいと、何故わからないのか。
今の現状に不満を持つ者など…わかりきっている。
そして、矛先を花に向けようとするなど、考えられるのは一人だけだ――

孟徳だとわかっているから・・ここで悠長に時間を無駄にすることなど出来ない―

「退け!子龍…ここは通る・・今はどんな進言も聞く訳にはいかない!」

玄徳のそのただならぬ血相と、憤念込めた声色に、子龍も体をビクっと揺らした。
そのような玄徳を見たのは、初めてだった―
玄徳軍の兵は、玄徳をただ一人で行かせる、それしか出来なかったのである。


「・・やあ、久しぶりだね、花ちゃん」
「っ孟徳さん!こんなことして・・どうするおつもりですか」

許都に向かう道中で、少数ながら休息を取る為か陣が張られて。
その内部には花の来訪を待ちわびたように、孟徳が足早にこちらに向かって来る。

身をかがめて花に顔を近づけると、孟徳は昔、初めて会った時と変わらぬ笑顔を花に向けた。

「君を許都に連れ帰る。それだけだよ」
「・・何の為に・・・」

戦は終わった。国は平定されている。
軍師としての自分を求めているならば、今はあの本すらない。
何の役割も果たせない自分など連れ帰ってどうする気なのか――

「どうして、だろうね。俺の目指した国の統一は・・どうして果たせていないのか考えてみたんだ」
「・・・・・・・・」
「玄徳は確かに民衆の心を集め、仁のある漢だった。だがそれだけだ・・国を担う器量は明らかに俺に軍配があがる」
「・・・・・・・・」
「軍事力も、権力も、時の運さえ・・・全てを我が手に・・・なのに―」

時折思い出したように浮かべる笑顔が、怖い――
孟徳とは選ぶ道が違うと、そう言っていた玄徳を思い出す。

「これだけ狂った原因は、何だろう・・・君はどう思う?」

孟徳の中でその答えは、わかりきっている。
その答えを、花に言わせようと・・自分が花を連れ帰る意味を、花の口から言わそうとする孟徳に、花は口をつぐんだ。

「・・私には・・わかりません。でも玄徳さんのしたことは・・正しいと、そう思っています」
「・・・俺のいない間に、献帝を連れ去り、その庇護を受けてこの国をまとめようとしたことが・・・正しいと、そう言いたいのかな」

冷笑がますますその温度を下げていく。
笑顔の裏にある、孟徳の冷静な憤りを感じて、花は肩が少し震えるのを感じた。

「まあ、いい・・・玄徳は助けに来ないよ」
「・・・・・・・え?」
「あの男が・・・兵を起こして君を連れ戻しに来たのなら・・・それはそれで好都合だ。私憤にかられて兵を向けられた。それだけあれば俺にもそれを迎え撃つ理由が出来る」
「っそれは・・・孟徳さんが私を・・・!!」
「君が俺に連れ去られた証拠を残すほど…俺は愚かじゃない。皆が俺を猜疑の目で見るだろうけど…俺は堪えないよ。
 確かな証拠を突きつけられない限り、俺には玄徳を討つ十分な理由が出来る」

・・・・丞相という位で・・今までたくさんの兵を率いて。
それが嫌というほどわかる。逆らえないような圧迫感。

玄徳さんが迎えに来ることさえ、計算の内で…そうなれば玄徳さんは…
でも、玄徳さんには師匠が傍にいる。師匠なら…きっとそうはさせない・・

今は、孟徳さんのの言うことに逆らって、余計に苛立ちを募らせるよりも、自分に出来ることを考えなきゃ…

そう考え、それでも・・考えるのは、考えてしまうのは・・・優しい面差が頭に浮かぶ――
孟徳の圧力に震えた体を支える細い腕、掌に・・花が耐えきれずに流した涙が落ちた時、孟徳の陣の傍で騒ぎが起きた。

「・・・何だ?もう玄徳が来たのか?」

いや、それはない。
兵を整え、こちらに向かうにはもう少しの時間が必要だ。それでは一体?

目を細め、怪訝な色で入口を睨む孟徳の目はすぐに驚愕に満ちたものに変わった。
――剣を突き付けて玄徳が単身、乗り込んできたのである。

「・・・・・・・早いな、・・こちらの情報が漏れていたのか?」

このままでは分が悪い・・・舌打ちまじりに言葉を漏らした孟徳を余所に、玄徳は孟徳に捕えられた花の姿に、剣を持つ手の力を一層込めた。

「・・・孟徳、彼女を放せ・・今なら、大人しく花を渡せば・・その咎は問わない、約束する」
「咎?何を・・俺に軍をさし向けた時点で、お前の方に咎はある。そういう筋書きだ、わかっていただろう?」

同じく、花を抱えたまま、玄徳に剣を向けた孟徳は、外が静かなことに違和感を覚えた。
何故、玄徳の軍はここに攻め入ってこない?

「兵はいない。俺だけだ」
「・・・単身で乗り込んだ、と?そんな馬鹿な真似を・・」

お前の配下がさせる筈がない、と孟徳は玄徳の背後の入口に視線を向けた。
しかし、戸惑ったように見張りの兵が、玄徳の言葉は真実だ、と言うように頷いた。

「・・・・玄徳さん、一人でなんて・・危ないのにっ!!」
「・・危ない?俺のことはどうでもいい。俺には・・お前がいない、その方がよほど問題だからな」

涙を浮かべる花に目を向けて、玄徳が唇を噛み締めた。
もう泣かせない、と言ったのに…俺は・・・

「一人で乗り込んで、その身がどうなってもいいのか?劉玄徳。お前の目指した世を、献帝と共に支えねばならないだろう?」
「その役目は…もう俺ではなくても出来る。俺には、孟徳、お前もその一人だと思っていたが・・・違うのか?」
「・・・・・・・・・・・」
「志は違えど、この国をまとめて、あるべき姿に・・そう望んだ気持ちがおまえにもあった筈だ」

孟徳の顔が歪む。花を掴む手に力が込められた。

「俺は…ただの玄徳として、花を迎えに来た。地位に捉われて、花を一時でも失うことなど・・出来る筈がない」
「・・・・・・・・・・・・」
「お前に、兵を向けた訳じゃない。だから俺の配下を責めることはできない。俺がいなくなっても今の世は何も変わらない。孟徳、お前もだ―」

玄徳の言葉に孟徳の剣を握る手が一瞬、悩むように揺らいで…
その隙をついて、玄徳が一気に距離を詰めた。

――――キンッ…!!

力なく握られた孟徳の剣は、いとも簡単に弾かれて孟徳の足元に落ちる。
玄徳は剣を弾くと同時に、双剣を納めるのももどかしいのか、剣を手にする指を伸ばしその場に落とすと・・そのまま、花を抱きしめた。

敵の陣営にたった一人で乗り込み、そして今、その身を守る剣よりも花を選んだ。
その光景を孟徳はぼんやり、視界の端で捉えていた。

玄徳の言う言葉に、嘘はなかったのだ、と思い知らされる――

「・・・俺は、まだ諦めた訳じゃない。だが・・ここで二人を始末するには・・・いろいろ面倒が起きそうだ」
「・・・・・孟徳」
「玄徳、おまえのまとめ上げた世に従順するつもりはない。俺は…漢王朝につかえているだけだ・・忘れるな」
「ああ、わかっている」

花を抱きしめたまま、言葉を交わす玄徳の胸の中で、花はこれ以上ない幸せに包まれていた。
怖くて震えていた手は、今、幸せに震えながら玄徳に縋り、零れる涙がその胸を濡らしていく―


「花、・・・何もなかったか?怪我は・・・」
「ないです。玄徳さんが本当にすぐ助けに来てくれたので…」
「そうか…」

馬に乗せられ帰路に着く二人。
往路のどうしようもない焦燥感はどこにもなく、胸を包む安堵が広がる中、玄徳の顔は冴えない。
後ろから花をその腕で守るようにして、ゆっくり馬を歩かせる玄徳の声には、あまり元気がなかった。

「・・・玄徳さん、あの・・怒っていますか?私すみません・・問題ばかり・・」
「・・?ああ、いや・・そうじゃないんだ・・そうじゃない」
「でも・・・」

歯切れの悪い玄徳に、花は気になって・・つい、すみません、と頭を下げてしまう。
背中から伝わる気配には、まだ、戸惑いが感じられた。

それはそうだよね、こんな・・ところまで連れ去られちゃって…みんなにも心配、かけたんだろうな・・・

ますます背中を小さくして、自分を責めているような花の様子に、玄徳は背中越しにそうじゃない、と一言、告げた後。
いつもそうするように、花を温かく、優しく包み込んだ。

「俺は自分を責めているんだ」
「・・・自分を?玄徳さんには非なんてないです、私が・・・」
「――お前を泣かせた・・もう、一人では泣かせないと約束したのに・・守れなかった・・」
「そんな・・・あれは玄徳さんのせいじゃないです!私が弱くて・・だから・・」

花の言葉を遮るように、玄徳が腕に力を込める。
首筋にかかる愛しい人の気配は、弱く、花の存在を確かめるように。

「どこかで安心していたんだ。ずっと傍にいて、だから・・大丈夫だと・・俺の油断が招いたことだ。俺は、俺が許せない」
「・・・そんなの、私が許しません」
「・・・・・・花?」

花の強い語調に、思わず玄徳が体を起こし、触れていた距離をなくす。
花は、そんな玄徳にもたれるように、その胸に背中を倒した。
手綱を持つ玄徳の手に、そっと自分の手を重ねる。

「泣かないなんて無理です。そのたびに玄徳さんがそんな風に自分を責めるなんて・・私は許しませんから」
「だが、泣かせた時は、俺がお前を・・」
「玄徳さん、嬉しい時だって、人は泣きます。悲しい時だけじゃない。愛しくてたまらない時だって・・・涙は・・出るでしょう?」

花の言葉に、玄徳の手が微かに揺れる。

「私は…嬉しくて・・泣いたんです。だから・・責めないで・・それで責められたら・・私泣けなくなります。・・困ります」
「・・・・・・花」

ずっと傍にいる、そう約束した。だから・・
きっと、これからだって・・あなたの為に泣く時はある。
でも自信を持って言える・・それは幸せの証なんだと――

「お前は・・俺を喜ばすのがうまいな…参ったな」
「それは玄徳さんです。迎えに来てくれて・・・しかも・・一人で・・・私すごく迷惑をかけたのに、でも・・ごめんなさい、それ以上に嬉しくて・・」
「・・・・・・・・・・」
「ありがとうございます。玄徳さん・・・今、傍にいられて・・幸せです」

心からの言葉は、自然に口から紡がれて。
もっと傍に、と思う気持ちが花を玄徳の体に寄り添わすように動かした。

足並みゆっくりの速度と、玄徳が後ろにいることに安心して、花は少し体勢を変えて玄徳の襟を掴んで頭を寄せる。
私の大好きな場所、帰る場所。
それを噛み締めながら、顔を摺り寄せる花に玄徳が手綱を引き、馬を止めた。

「・・・花、こんなところであまり喜ばせないでくれ」
「・・・・・本当のことです」
「じゃあ、これくらいは許してくれるな」

政務に、急務に疲れた体を瘉すのにいつも求める熱を、花に求める。
え?と続けられる筈だった声は、漏れた言葉はすぐに塞がれた。
長く、求め合うように口付けた後、惜しむように軽く、その可愛い口唇を吸い上げて。
それでも足りないとばかりに首筋に軽く、濡れた唇を寄せる。

「・・玄徳さん、あの、早く帰らないと・・・みんな心配して・・」
「・・ああ、そうだったな・・・急いで戻ろう――花」

手綱を強く握りしめて、花をしっかり後ろから抱き締めて。
ゆっくりと、徐々に馬の歩みの速度をあげさせて。

「はい?」
「戻ったら・・・ずっと俺の傍にいてくれ、今日は離さない・・いや、今日も、だな」
「・・・・・はい」

小さくも、嬉しそうに呟かれた返事を聞くと、玄徳はその速度を一気にあげた。

夜空に浮かぶ朧月はまだ高く、二人の道を仄かに照らす。
夜明けはまだ遠く、二人の睦む時間を見守るように――




END








yuria様

このたびは玄花で素敵なリクありがとうございました!
単騎で乗り込む、しかも相手は孟徳軍!と思ったら…
ついつい色々書いて長くなってしまいました(汗)

玄花SSは初めて書いたので、ちょっと不安もありますが…

花をすごく大事に思う玄徳さん
玄徳が愛しい花ちゃんを楽しくかかせて頂きました!

yuria様にも楽しく読んで頂けると嬉しいです。
リクエストありがとうございました!!