ささめゆき様リクエスト




三国恋戦記:孟花SS
※ささめゆき様のみお持ち帰り可とさせて頂きます。




『愛子(あいす)』
孟花ED後です。




河北一帯を治める孟徳の領内。
今は戦も落ち着き、町には活気が溢れている。
これも市政を怠ることなく、視察し問題点を改善し…ひいては国の大局すらも見据えている男の力量の現れだろうか。

しかし、そんな丞相に頭を悩めている側近がこの頃増加しているらしい。
それは…

「ということで、機嫌を損ねたみたいなんだ…どうしたらいいと思う?」
「俺に聞くな。そういう色恋沙汰はおまえの得意科目だろう?孟徳」
「う〜ん・・・でも花ちゃんは今までの子とは違って特別なんだ。・・全部が。勝手が違うし・・そこが可愛いんだけど、それに・・」

朝議も終わり、もう自室や執務室に解放して欲しいと思っている元譲や文若をその場に留め、こんなことを持ちかけられることはしょっちゅうだった。
文若はまたか…と、段々変わり映えのないものと化しつつある会話に、溜息を吐きながら眉間をぐりぐりと押さえた。

「・・育った環境も、考え方も違うというのが当然なのです。仲違いもあるでしょう」
「まあそうなんだけど。今回のは…いつもと様子が違うんだ」

大抵の場合、孟徳が花を溺愛して。
それを恥ずかしがる花が慌てて、それを見て喜ぶ孟徳に花が拗ねて。
そんなくだらないことばかりだ。
付き合う二人はたまらない。

どうせ今回だって似たようなものだ、と二人はもう部屋の外へと体を向けた。
暇な身ではない。

「こら。二人ともまだ話は終わってない。もっと真剣に聞いてくれないか」
「男女の仲など…一晩共にすればまた固まっていくのではないか」

結局はそうするんだろう、とばかりに元譲が言い放てば、それはそうしたいのは山々なんだけど…と孟徳は顔を顰める。

「二人の時間は大事なんだ。なるべく二人でいる時は睦みあいたいと思ってる」
「そうなさればよろしいでしょう」
「・・だから、それが出来ないから・・・俺は困っているんだ」

今までの相手なら、自分の感情を優先させた。
戦で昂じた熱をおさめる為だけに・・・そんな時だってあった。
だけど花は違う。
花の感情を大切に・・・優先させたいと思っている。
この先、花が傍にいてくれれば・・・それだけで幸せだと思えるから大事にしたいのだ。

そんな孟徳の困り顔に、二人は呆れたような眼差しを向けた。

「・・孟徳、少し構いすぎなのではないのか?花はその・・一人でおまえの相手をしているからな」
「構って何が悪い。俺の愛情を・・彼女はいつだって喜んで受けてくれるよ」
「・・受けてもらえていないからの相談ではなかったのですか?・・私も元譲殿の意見に賛成ですが」
「・・・・・・・・・・」

むっとした顔をそのままに表に出す孟徳は、年端もいかない少年のように見える。

「花ちゃんは俺が部屋に来ると喜んでくれてる。どれだけあの笑顔で迎えられてほっとするか・・・」
「惚気はいい」「惚気はよろしいです」
「・・とにかく!拒まれたことなんてこれまでなかったんだ。いつだって受け入れてくれて・・」
「だから、疲れたんだろう・・・」

いつになったら解放してもらえるのか。
文若と元譲は堂々巡りの会話に参加している自分を憐れむと同時に、今までずっと孟徳を構い続けていた花に心の中で拍手を送っていた。
何だかんだ言って、孟徳のここ最近の精神的な落ち着きは目に見えてわかる。
心の支えというものでこんなに変わるものか・・と二人は実感していた。

・・まあ、惚気のような悩み相談は尽きないのだが。

「ただの疲労ならいい。けど、心ここにあらずって感じなんだ。ぼんやりしていることが多い。昼間心配になって部屋を覗いてみれば大抵眠っている」
「・・・そういえば・・・」

丞相の妻の一人となった花は今もなお、孟徳の邸にいる。
本宅には花を入れずに、ずっと目の届くところ、傍に置いておきたいという孟徳の意向に花も喜んで従っていた。
昼間、時間のある時は何か手伝えることはないか、とよく邸内をうろうろしている花の姿を・・見かけていない。

「慣れぬ環境にたまっていた疲労が噴き出したのではないか?」
「それなら休ませればいい・・けどご飯も全然食べていない。細い体がますます細くなってきてる」
「食事も・・?」

孟徳について城下を歩いてはお土産だと食べ物を買って来て、一緒においしそうに食べていた花の顔が浮かぶ。
あの花が食欲もない・・ということは本当に具合が・・?
そこまで考えて文若はハッっと顔をあげた。

「丞相・・もしやお子が・・お子を宿した時には眠くなると申します。食欲も・・」

花の傷が癒えて以来、孟徳はずっと花と寝所を共にして過ごしてきたのだ。
何故気付かなかったのだろう。

「・・・・・・・・・・子?・・・・・・俺の・・・?」
「孟徳以外誰がいる。・・確かめてきてはどうだ?このままだと仕事にならないだろう」

何人の子をもう授かっているとは思えないほどの孟徳の落ち着きなくそわそわしだす様に、二人はおかしそうに口元を綻ばせた。
かくして、孟徳は急いで花の許に向かったのである。



「花ちゃんっ!!」
「っ!?・・も、孟徳さん・・どうしたんですか?」
「ああっごめん。驚かせたね・・大丈夫、お腹は何ともない?」

まるでもう子供がいるかのような態度である。

「はい、何とも・・どうしたんですか?朝議で何か・・思わしくないことでも・・?」
「君はそんなこと気にしなくていいんだ。俺の質問に答えること。・・いいね?」
「・・・・・はい」

じっとこちらの気持ちを見透かすような視線を向けられて、花は神妙に頷いた。

「最近、君の様子がおかしいって思ってたんだ。疲れがたまっているのかな」
「え・・違います。むしろ最近ちょっと休むこと多くて・・すみません」

文若さん、忙しくして困っていませんか?と気遣う花に、今はそんなこといい、と孟徳が口唇を指で押さえた。

「・・どうして休んでいるの?何か思い当る理由でも・・?」
「・・・あ・・・・・」

ここにきて花はようやく、孟徳が何を聞きたいのかわかって。
顔をゆっくり俯ける。
まだ、はっきりとはしていないけど・・・

「あの・・一月くらい・・ないんです」
「うん」

あれだけの言葉でわかるのだろうか、と頬を染めながら花はゆっくり言葉を続けた。

「なので・・もしかしたら孟徳さんと・・私の赤ちゃんが出来たかなあって・・」
「・・・・」
「・・・あ、あのっ!でもまだはっきりした訳じゃ・・お医者様にも見てもらってないし・・」

手を体の前で必死に振るのを孟徳は優しく止めて抱きしめた。

「ごめんね、今まで気付かなくて・・」
「・・・私が黙っていたんです」
「花ちゃんのことは誰よりもわかってるって・・・気付けてるって自惚れていたのかな。これからはもっと・・もっと、君を大事にする」
「これ以上大事になんて・・できません。十分です」

二人の唇が自然に重なる。
何度も優しく訪れる口付けは、花の妊娠を祝福するかのように降り注がれた。

そう、この直後。花の身を案じた孟徳がすぐに医者を呼んで、懐妊が判明したのである。
この時代、出産は命の危険を伴うものだった。
孟徳が喜びと共に花の身を過剰に心配するのは、彼にとってごく当たり前のことだった。

「花ちゃん、お腹を締めるその服はだめだ。こっち、これを着て」
「君の傍を離れるなんて不安だ。俺もここで務めを果たそうかな」
「だめだよ。君の言うことは何だって聞いてあげたいけど・・何かは食べなきゃ。食べられるものを探そう。きっとある・・そうだ、棗や杏はどうかな。
干したものしか今はないのか・・う〜ん・・酸味も少しはあるし、食べやすくないかな?」

花を気遣う孟徳に、花は幸せそうに包まれて過ごしていた。
もちろん、考えなければいけないこともあるだろう。
丞相という立場、男なら勢力争いに巻き込まれることは必至。
女なら・・家の安泰の為に嫁ぎ場所を定められることもあるかもしれない。


けれど、今の孟徳を見ていると、何からも守ってくれそうな気がした。
孟徳の妻、というだけじゃない。子の母親として・・家族として。
居場所が増える事を、心から幸せに感じていた。

花が妊娠したことにより、文若と元譲にも平穏な時間が訪れるようになった・・・筈もなく。

たとえばそれは…

「文若。今の花ちゃんに合う衣装を。暑いし風通しのいいもので、でも薄すぎず。
腰の装身具は締めつけのないもので・・彼女は華美なものはそんなに好ましくないようだから・・素朴で、かつ華やかなものを…」
「丞相、そういったことは私の管轄外です。素朴且つ華やかなどというものを私にわかる筈もありません」
「そこを何とかするんだ。彼女には出来る限りのことをしてあげたいんだ」

とか。

「孟徳。この書簡に印を…ところでいつまでここで仕事をする気だ?花も休めないのでは…」
「何を言っているんだ元譲。俺が傍にいることこそ・・彼女にとっての安らぎだと思わないか」
「いや、しかし…こうして用のある者がイチイチ部屋に入っていては…」
「・・・それはそうだ。でもお前なら大丈夫だろう?これからは用件をお前がまとめて持ってきてくれ」
「っ!?」

とか。

花を気遣う優しい孟徳の陰には二人の苦労があった。
だが、彼らには今まで以上に、難題が降りかかることになる。

その発端は花の、罪のない寝言だった。

「・・・君の食欲は戻らないね・・こんなに心配なのは初めてだ。・・何なら食べてくれるのかな」

花の寝顔をじっと見つめながら、孟徳は優しく指で髪を梳いていく。
何をあげてもにおいが駄目なのか、すぐに口を押さえそっぽを向いてしまう花。
これじゃ駄目だと無理して食べようとしては・・顔が真っ青になって・・・
花も辛いだろうが、見ているだけの自分がどうしようもなく情けなく、もどかしい―

「これが欲しい、とか言ってくれたなら・・用意はできると思うんだけどね」

孟徳は花の色のない頬に赤みが戻るように、と祈りを込めて唇を落とした。
慣れていない環境での出産を迎えることになる花、きっと心細いだろう・・
出来るだけ、傍にいなければ―

「花ちゃん、何か欲しいものない?」

寝言でも何でもいいから、君の言葉で教えてくれたら・・
そう思って語りかければ、うん・・と小さく体を丸めて花が小さく、けれど確かに欲しいものを言ったのだった。

「・・・・アイス」

・・・・・・・・・・『あいす』?
何だそれは・・聞いたことがない・・彼女の国のものだろうか。
食べ物なのか、飲み物なのか、装飾品なのか、道具なのか…何に分類されるのかさえわからないが…

「・・・・・よし」

孟徳はしっかり頷くと、そのまま花の頭を一撫でしてそっと部屋を出た。
向かった先には当然、花の願いを、いや、孟徳の我が儘を叶えるべく奔走する羽目になる二人がいた――

孟徳は二人を見つけるなり、自分の許へと呼び寄せた。
二人を襲う嫌な予感は大当たりとなる。

「なあ文若、元譲…『あいす』って何だと思う?知ってるか」
「・・・それは彼女の国のもの、でしょうか?」「そうだな。ここでは聞いたことがない」

孟徳が知らない言葉だ。二人にわからなくても当然というもので。

「・・お前たちも知らないか・・やっぱり・・そうなんだろうな」
「花に聞いたなら、聞き返せばいいじゃないか」
「いや、寝言で呟いていたんだ・・・ということで二人とも『あいす』とやらを探して…」

ほら来た、と二人は顔をきっと引き締めた。

「いい加減にしてください、丞相…今の我々にそんな暇があるとでも?」
「今の花の欲しいものが『あいす』なんだ。少し協力してくれたっていいだろ?」
「探すにしても何かわからないと探しようがないだろう?とりあえずそれを花に聞いて・・「聞かない」

否定の言葉に顔を曇らせる二人を気にすることなく、孟徳は説き伏せるように言葉を続ける。

「俺は『あいす』とやらを知らない。それは花も知っているだろう?」
「・・まあ、そうだな」
「そんな俺が、花の今欲しい『あいす』とやらを探しだして花に渡せば・・驚いて喜ぶ花の顔が見られる」
「・・・彼女が心配なら、そんな回りくどいことをせずに直接聞くのが一番です。その方が早く手に入りましょう」

しれっと正論を言う文若に、孟徳が今度は顔を曇らせる。

「文若、そんな固い考えに固執するな。そういう喜びだって大きな気力になるだろう」
「物は言いようだな」
「元譲!…早速城下に出て『あいす』とやらがないか調べてくれ。知っている者がいたら連れて来るんだ」
「・・・・わかった」

これ以上逆らっても無駄だろう、と元譲は一体何かもわからない『あいす』を探しに部屋を出たのだった。

「文若は竹簡、書簡を調べてくれるか?交易でもしかしたら取り扱ったことがあるかもしれない」
「・・・わかりました。探せるだけは探してみます」
「うん、頼む」

こうして『あいす』を求めて、元譲、文若が奔走したのだが―――



「手掛かり一つない?」
「ああ、そんなものは知らぬ、と皆が言う。城下にある店には片端から声をかけて調べたが・・・」
「私の方も、ここ数年の取引を調べ直しましたがありません。ここまで手掛かりがないのだとすると・・」

花に聞くのがいいよ、と二人が視線で告げますが、孟徳は頑として聞きません。

「商人や町人に絞って聞き込みをしただけだろう?兵や城外の農民にも声をかけよう」
「だがそれだとかなりの人員を…」
「そうです。このままでは他の政務に差し支えます」

だから、花に聞けばいいよ、と再三頼みこむように二人が視線を向けましたが…

「じゃあ触れを出そう。それで各自からの情報を待つ」
「・・・ですがそれが正しい『あいす』だとどうやって認識なさるおつもりですか?」
「取り敢えず、その物を花に見せて・・・喜べば正解だろう」

そんな大雑把でいいんだろうか。
緻密に策を練ることもある孟徳だが、こうと決めたらざっくり進めてしまうこともある。

「それで、触れには何と書く?」
「『あいす』の情報でも実物でも持って来た者には望みのものを与えよう。だがそれは真偽が判明してからだ」
「・・偽だった場合は・・?」
「あまりひどい罰にすれば・・手掛かりがあったとしても寄っては来ない。そこら辺は文若、お前に任せる」
「・・わかりました」

かくして、その日のうちに孟徳からの触れが貼り出されたのである。
この時代に、何かはわからない『あいす』という言葉が、あっという間に浸透したのだが…


「花ちゃん、これ・・あげる」
「わあっかわいい髪飾り。よく城下で見かけるものとはちょっと違うんですね。交易品ですか?」
「・・・・・・・・・・そうだね、まあ気に入ってくれたなら、いいとしようか」


取り立ててひどい罰はくだされない。
当たれば儲けもの。
そんなこんなでそれっぽいものを持って来るものが後を絶たず。
自然、孟徳と花の間に上記のような会話が増えていくがことごとく外れる。

そうして時間が経つ内に、花は悪阻がおさまったのか・・食欲も戻り顔色も良くなってきたのだが。
未だに『あいす』は見つからない。

「・・孟徳さん、あの・・最近珍しいものに凝っているんですか?」
「うん?そうだね。生まれてくる子供に少しでもいいものを・・可愛い君にも少しでも似合うものを、と思ってね」
「・・・ありがとうございます・・・あの、でも・・」

花は何か言いたそうに部屋の中を見渡した。
偽の『あいす』でいっぱいになってきているのである。

「私はもう十分ですから。こうして傍にいられるだけで幸せです」
「花ちゃん・・・俺もだよ。君をもっと幸せにしたいのに・・」


・・・・・・・何故見つからない・・・・・・・・

政務の間に思い悩むように書簡に目をやる孟徳に、二人は放っておけずに声をかけた。

「孟徳、花の調子は戻ったのだろう?もうそこまで拘らなくても」
「最近はこれがそうだ、と訴えるものも少なくなりました。潮時では・・・」
「・・まだだ、こうなったら範囲を広げて・・」

範囲を広げる・・??

「・・・俺は用事を思い出した」
「奇遇ですね。私も早急にしなければならないことが・・・」
「元譲!文若!河北だけではなく、劉玄徳や孫仲謀の支配区域にまで手を広げるんだ!」

・・・・・・・・・・・・・言葉が出ずに背中で反論する二人ですが、孟徳はその背中を見てはいません。

「無理だ!河南の方までやりとりしている交易人にだって聞きこんでいる。それでもわからなかっただろう!?」
「そうです丞相。それに花殿の欲しいもの、今では変わっているかもしれません。どうか今一度お聞きになってはいかがと・・」
「花ちゃんは例え欲しいと思っていても・・そうは言わない。そんな奥ゆかしいところが彼女のいいところでもあり、困るところでもあるんだ。素直に言ってくれなくても、その心の内を読んで贈り物をしたい、そう思って何が悪い。大体・・・」

熱くなる孟徳に、わかった・・と疲れた声で一言返事をすると二人は部屋を出た。
そのうちいっそ自分で探しに行く、と言い出しかねない孟徳に、そうなる前に見つけなければ・・と溜息を吐きながら諦めたように足を動かした。

こうして三国に『あいす』という言葉が広がったのである。
孟徳が求めているとあって、蜀や呉でも何かの兵器だろうか?と危ぶんで独自に調べ始めるような騒ぎになった。

が、ある一人の男の訪問によって・・・『あいす』は解決したのである。

「伏龍が…?」
「ああ、お目通しをと…どうする、孟徳」
「・・花ちゃんのお師匠様だ。何か知っているのか諌めに来たのか・・・ここまで正面から来るのがいい度胸だ。会おう」

孔明はたった一人だった。
蜀の護衛兵などもつけていなかった。
孟徳を正面から見据えると、かしこまったように頭を下げた。

「不肖の我が弟子が何か我が儘を言ってお困りのようでしたので参上した次第です」
「・・・その物言い、花ちゃんから『あいす』のことを聞いたことがあるようだ。是非教えて欲しい」
「はい、私が聞いた限りをお伝えしたいと思いますが…私が望んだものを…くださると言うお言葉に嘘はございませんね?」
「ああ、守ろう」

孔明の言葉に文若が顔を顰める。
すぐに頷いた孟徳に、元譲も顔を顰めた。
何か劉備に都合のいい申し出でも言われたらどうするつもりなのか・・・

「では…『アイス』とは食べ物です。冷菓子と聞きました」
「冷菓子?それはどういう…」
「乳に甘みを混ぜたものや、果汁などを…冷やし固めたもの、だそうです。」
「冷やし・・・固め・・・そんなことが可能なのか?」

想像もつかないアイスに、孟徳はこれは思った以上に難題だったと漸く思い始めた。

「そうですね、この世界にも北の高地などでそのように固めたものがあると・・聞き及んだことがありますが」
「そうか。それなら・・・」
「しかし、それはこの気温ですとすぐに元の液状に戻ります。我が弟子に食べさせることは事実上不可能かと…」
「・・・・・・そうか」

そう返事をしながらも、何とかならないだろうか、と頭を巡らせる孟徳に、孔明が口を開いた。
龍はただ、お人よしに教えに来た訳ではない。

「恐れながら…私の願いですが…」

次いで告げられた言葉に、三人は目をむいた。

「花を、私の許へ連れ帰ろうかと思うのですが」
「なっ!貴様何を・・!」
「そんな願いを聞ける訳…」

二人が慌てて孟徳の顔色を覗いながら、孔明を非難すれば。孟徳はいたって普通に…見えるようだけど内心怒ってる。

「それはできないな。伏龍ともあろう者が大事なことを忘れているようだ。花ちゃんは俺の妻で、俺の子を身ごもっている」
「忘れてはいません。私はそれでも…構わないから申し上げております」

ピキっという音と共に、二人の間に黒く渦めいたものが見えそうな…

「そうか、一人で来たのは劉玄徳の策略だな?人にいい顔しておいて恩を売り、そんな気ない振りして奪っていく。奴の十八番だ」
「何をおっしゃっているのかわかりかねます。執着したものを意のままに奪っていく、それは誰の十八番でしょうか」

にこにこ笑いながら、しれっと毒を吐く孔明に、孟徳はうっすら笑みさえ浮かべてる。


「・・・・・花はどうした?今は・・・」
「今は部屋にいるかと…私は彼女がこの場に近づかぬように様子を見て来よう」

こそっと文若と元譲が示し合わしている中、間の悪いことに花の嬉々とした声がその場に響いた。
師匠!と驚き、喜びに満ちた声。
孟徳が聞きたくて、必死に頑張ったその声は…結果がどうあれ聞くことはできたが・・・

その後起こったさらなる騒動を止めるべく文若と元譲、加えて花も尽力したのは言うまでもない。



「まさか師匠が来るなんて…これも寝言のおかげですね」
「・・こっちはあいすが見つからずに、あんな騒ぎになって落ち込むよ」

夜、ふてくされる孟徳の胸に背中を預けて、花が体重をかける。
包み込む大きな手を、小さな手で包み込んだ。

「・・・私は…嬉しかったです」
「伏龍と会えて?君のお師匠だからね」
「それはそうですけど!もっと…幸せだなあってしみじみ感じて・・」
「君は・・幸せ?」

肩に顔を埋める孟徳に、頷いて返事をする。
だって――

「こんなに大切に…大事に思ってくれて・・・私も、この子もすごく幸せです」
「そんな笑顔を、俺だけに向けてくれて…俺も幸せだよ」


孟徳が花と、生まれてくる子供に・・彼が作った精一杯の『あいす』を振舞い、三人に笑顔が満ち溢れるまであと幾年―






END






ささめゆき様。

このたびは素敵なリクエストありがとうございます!

文若と元譲が巻き込まれる…ということで二人の出番がすっごく増してしまい。
最後には何故か師匠まで…(>_<)

ほ、本当に自由に書かせて頂きました。

孟徳は花にとっても甘いと思うので、こんなこともこんなことも…と思ってたらすっごく長く(-_-;)
こんなものでも…少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。