『来る年も、笑顔に頼る』





後編




年が明ける。
それぞれに一年を振り返りながら、この時ばかりはひっそり自分に浸るのもよし。
めでたいことだと、騒ぐのもよし。

…屯所に残る隊士はむしろ後者が多かったのだろう。
予想通りと言えばそうなのだが、この場に集められた幹部隊士の顔は皆…不服そうな顔を全面に押し出していた。
いや、表情に出すだけで納得するものばかりではない。
もちろん、この新年早々の土方の提案に、異を唱えるものはいたのである。

「年明け早々冗談はよしてくれよ!何でそんなこと強制でやらされなきゃなんねえんだよ!!」
「そうだよな。新八の言う通りだぜ、土方さん。理由も言わずにいきなりそんなこと言われてもよ」
「オレは…面白そうだとは思うけど、確かに何で?とは思うよな〜ゆっくり呑みたいし!」

いの一番に文句を連ねたのは、やはりの三馬鹿だった。
まあ、そうだろう。
今日の為にいい酒を用意していたのも知っている、知ってはいるが…

「ごちゃごちゃうるせえんだよ。これは副長命令だ。文句あんのか」
「あるから言ってんじゃねえか!!」

ひでえよ!と新八が詰め寄るのを、土方があっさり交わしている様子を見ながら、総司が皮肉交じりに口を挟んだ。

「さすが土方さんですよね、意味の無いことしたがって。新八さんの言うこともわかりますよ」
「・・・・・これは、近藤さんの提案だ。つまり局長命令でもあるってことだ」
「さすが近藤さん。きっとこれには何か深い意味があるんですね。勿体ぶらないでさっさと説明してくださいよ。順番違いますよね」

・・・・・・・くっこいつ・・・・・・

総司のあまりの豹変っぷりに、土方のこめかみに青筋が立ったのは言うまでもない。

近藤さんの提案、それは…

『みんなで、羽根つき大会でもしよう』

だった。
最初、土方もこれには一体何をと思ったのだから、今目の前にいる隊士達がこういう反応するのも無理はない。
立てた青筋を何とか戻して、未だわけのわからないといった様子の一同に説明をする。

「厄払い、悪霊払い、邪気よけ、魔よけ…そんなところか?」
「へ?何でそんな意味になるんだ?」

土方の言葉に平助が目を丸くした。
それはそうだろう、普通は子供の遊びとして聞き馴染むことである。

「詳しい由来などは覚えてはいないが、そういう意味があるというのは知っている。羽も無患子の実で作られているからな」
「む・・むくろ?」

はあ?と見るからにわかりません、といった顔をする新八に、総司が呆れたように言葉をかける。

「むくろじゃなくて、むくろじ。無病息災ってことですかね。近藤さんどうして急にそんなこと言い出したんでしょう?」

もしかして、病気にでも…?そんな心配が?と顔を曇らせる総司に、真相を知っている土方はいや、違うと軽く首を振った。

「新選組の今後を思ってのことだろ。あの人にとってはそれしかねえよ」
「そりゃ、そうですけど…」
「文句ねえな!?つうわけで…昼からは羽根つきだ。真面目にやれよ」
「はい。・・・・・副長は参加なさらないのですか?」

皆の視線が一気に土方に集中する。
まさか、一人だけしないつもりじゃねえだろうな〜と言わんばかりの視線…

「・・・・・す、するに決まってんじゃねえか。た、ただなあ」
「ただ、何でしょう」
「俺は正月なんざねえんだよ。今日も仕事が立て込んでんだ。それに区切りがついたら…だな」

・・・・・・この人、絶対終わった頃に顔出すつもりだ・・・・・・・

皆の刺すような視線をものともせず、さっさと立ち去った土方の背中を見送った一同は暫し誰も立ち上がらない。
新八と左之は「終わるまで、酒が呑めねえ」と項垂れていたが、平助は意外にも楽しそうだ。
そして、総司と斎藤は・・・・・・・

「羽根つき、かあ…これ、丁度いいんじゃない?」
「丁度いい?何がだ」
「だから、今日千鶴ちゃんの傍にいるのはどちらかを懸けて試合するってこと」
「・・・・・何を・・・これはただの遊びじゃない。厄払いの意味を込めた大切な試合だ。そんなことは懸けられない」

昨夜から散々揉めたことだが結局どちらが傍にいるとは決まらず。
朝から千鶴も忙しいのか姿を見ない。
気にかけていたところでの総司の提案に、斎藤も構えながら慎重に言葉を選んだのだが。

「へえ、じゃあ斎藤君は権利を放棄したってことで、僕が傍にいる。それでいいよね?邪魔しに来ないでよ」
「・・・・・何故、そうなる。羽根つきとそれとは別のことだ」
「でも、羽根つき終わった後に勝負なんてしてたら、それこそ、後ろにいる誰かに掻っ攫われるよ。いいの?」

総司の言葉に斎藤がちらっと総司の背中の後ろにいる3人に目を向けた。
あながち、否定は出来ないが・・・

「せっかく新年なんだし、二人でお祝い・・したいよね?乗らないんならいいよ。僕はその方が有難いし」
「誰がしないと言った」
「・・・・・君が、ついさっき、言った気がするけど」
「俺は…しないとは言ってない。懸けにも乗りたくはない。だが…参加せずにお前が好き放題すると言うのなら、止める為に参加する」
「・・・・・屁理屈・・」

本当、真面目な人って面倒だよねえと、大袈裟に顔を歪める総司に、不真面目よりはマシだ。と息を吐けば。

「おいおい、何か面白そうな話してんじゃねえか。それ、俺も参加な」
「・・・・・・なっ左之!?聞いていたのか…」
「いや、聞こえたの間違いだろ?内緒にするような声じゃなかったぞ。つうことで、俺も参加。千鶴に傍にいてもらえるなんて…乗らねえ訳にはいかねえよな」
「オレもオレもっ!!絶対勝ああつっ!!」
「・・・あ〜あ、面倒なことになってきちゃった・・ま、誰が相手でも負けないけどね」

にっと唇を歪める総司に、斎藤は嘆息しか出ない。
この状況を楽しもうなど、何故思えるのか…

「・・・そんなこと・・俺だって参加だあああ!!斎藤っ!お前の気持ちはよくわかったぜ!総司の好きにはさせねえよ!」
「・・・・・・新八」

バン!と背中を叩いた新八に、わかってくれるか、と少しばかり感動したのだが…

「よっしゃああ負けねえ!見てろよ!千鶴ちゃんは俺がもらったあああ!」

刀で後ろから突いてやろうか。
新八の言葉にガッカリした斎藤が、後ろで真剣にそう考えたことなど知る由もない。

そんな賑やかな広間の一同の闘志を更に滾らせる、この羽根つきのもはや目的になった千鶴が「失礼します、皆さんこちらにおいでですか?」とそっと姿を現したのだが…

「・・・・・・・・・・千鶴、それは・・・」
「ど、どうでしょう?近藤さんがこんな日くらいはって…今この邸には皆さんしかいないから大丈夫って」

顔を赤らめながら、小首を傾げる千鶴にもはや斎藤はそれ以上言葉をかけられなかった。
桃色の振袖に身を包んで、うっすらと化粧を施して。
可愛さ倍、倍、倍である。

「・・・わ、わ・・・か、可愛い・・すっげえ可愛いし、似合ってるよ!」
「ありがとう、平助君」
「千鶴は元がいいからな。ぼやぼやしてるとお前に似合った男になれねえかもしれねえな」
「そんな…原田さん大袈裟ですっ」
「桃色がよく似合ってんな!そういや…今年干支が卯だったな。よし、兎〜兎〜…っと」

新八が何やら頭につけるような兎の飾りを作ろうとしている。
見るからに歪だが、千鶴は嬉しそうだった。
そんな千鶴の脇から不意に総司が顔を覗き込んできた。

「可愛いね」
「ありがとう、ございます」

ぼそっと千鶴にしか聞こえないような声にドキドキしながら、慌てて頭を小さく下げると、罪の無い子供のような笑顔を浮かべてお願いをしてくる。

「ね、今から羽根つきするんだ」
「羽つき、ですか?あ、子供達と?」
「ううん、幹部隊士で羽根つき大会することになって」

・・・・・何故、羽つきなのだろう?
当然千鶴も訝かしむような顔を浮かべたのだが、総司は大した説明をすることもなく。

「ということで、僕、僕を応援してね」
「え?あ、は・・「ずりぃっ!!千鶴、オレ、オレも応援してくれよな」
「平助、抜け駆けかあ?男なら身一つで勝負しやがれ!ってことで、千鶴ちゃん。俺にも応援頼むな」
「おい、身一つで、とか言ってたのはどの口だよ。まあ、千鶴の応援があるほうが・・・そりゃ力入るよな」

わいわい、と千鶴の許に集まる一同に、千鶴は全部を理解していないまま(まさか自分が懸けられているとは知らず)笑顔で頷いた。

「皆さん応援してます。頑張ってください」

おっしゃ!と張り切る面々の中、一人浮かない顔の斎藤を目に止めた千鶴は、斎藤の方へ近づいた。
「斎藤さん」と声をかけると、気まずそうに顔をあげる。

「どうかしたんですか?羽根つき、苦手とか…?」
「いや、得意とは言えないが、不得手でもないとは思う」
「そうですか、元気がなかったから…斎藤さんも頑張ってくださいね」

今、目の前で元気付けてくれる千鶴が、まさか懸けられているとどうして言えよう――
自分が、勝つしかないのだ。勝って皆の思惑を止めなければ――
斎藤の中で、譲れないものが感情を熱くさせる。

「必ず、勝つ――見ててくれ」
「はい、その意気ですよ」

こうして厄払いと称した羽根つきは、千鶴争奪戦へと体を変えたのである。



「ああ〜くそっ負けたああ…っ剣術なら負けねえのによ」
「新八は突っ込みすぎだな。総司に良いようにあしらわれて終わったな」
「くそ…だって、あいつ緩急使い分けすぎなんだよ!っておらあああ平助!これ以上は書かせねえぞおおおっ」

総司と対戦して負けた新八に、もう一度墨を塗ろうとした平助を新八が必死で遮る。

「くううっき、汚ねえっ!オレにはこんなに好き放題書いといてさあっ!!」
「負けるお前が悪いんだろっ!?」
「それ、新八っつぁんにも言えることじゃねえか!!」

ふぬぬぬぬ…っと別の騒乱が始まったのを、すでに斎藤に負けた左之が苦笑いしながら横目で見ていたのだが――
(ちなみに平助は意外に遊び上手な源さんに、すでに一回戦で負けてしまったようです)

そんな中、勝ち進んだ二人、総司と斎藤がが対等に試合を運ぶ。
ビシビシ、羽根つきとは思えない速さで打ち合ったと思ったら、抜け落ちるような羽を、思い切り腕を振ると見せかけて落としたりする。
傍目に見ていても、羽根つきとは思えない…もはや遊びには見えない、鬼気迫るものまで感じる。

・・・・・すごいっみんな真剣に取り組んで…

すっかり見入っていた千鶴に、背中から「まだしてたのか」とガッカリしたような声が聞こえた。

「あ、土方さん。お仕事お疲れ様です。お茶、お淹れしましょうか?」
「いや、いい。・・・・・ところで、お前・・・それ・・・」
「・・・それ?」

土方の不審そうな眼差しが背中に突き刺さった。
な、何か着付けでもおかしくなっていただろうか?と千鶴が帯を気にしようとしたところで、土方が視線の元である紙を剥ぎ取った。

紙?いつの間に…
考える間もなく、そこに書かれた文字が目に飛び込んでくる。

【羽根つき大会 優勝賞品】

「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「・・・・・・・・お前、知って・・・たわけじゃねえな。だけどあいつらの様子からすると…」

ちらっと白熱する試合を目にした土方は、千鶴に申し訳なく思って肩を落とした。
どうやら千鶴には内緒で、勝手にそれを理由に盛り上がっている馬鹿ども…なのだろう。

「すまねえな。こんなの気にしなくていい。大方総司の馬鹿の提案だろうが…」

・・・・・馬鹿はどうやら決勝まで残っているようだ。
斎藤が勝てば心配はいらないが、総司が勝つ場合は…俺が阻止しなきゃならねえか

むしろ俺が相手だとばかり躍り出たら、ここぞとばかりに嬉々として打ち込んできそうな気もするが…

そんな想像をして、至極嫌そうに深くため息を吐く土方に、千鶴が慌てて顔を上げた。

「あの、大丈夫ですよ。多分いつもの・・・その軽い冗談くらい・・じゃないかと」
「お前、冗談だ―って決め付けてると、痛い目見るぞ」
「痛い目?」

純粋に、何が?とばかりに自分を見つめる千鶴に、どうこの状況を説明するべきか…と思い悩んでいたその時。
小走りに近づいて来た源さんが、二人の会話に申し訳なさそうに入った。

「あ、こっちに来ていたんだね。土方君にお客さんだよ、遠方からいらしたようだ。すぐに行ってくれるかい?」
「そうか、…丁度いい。千鶴、茶の用意してくれ。ここから離れてりゃいいだろ」
「あ、はい」

一足先にパタパタと室内に戻る土方を追いかけようとして、優しく引き止められた。

「・・・?」
「お茶なら、私が用意するよ。君はここに残って・・・結果を見届けてあげてくれないかい?」
「で、でもいいんですか?土方さんは…」

それに、井上さんも沖田さんと斎藤さんの試合を見たいんじゃ?と千鶴が二人に目を向ける。
そんな千鶴に、親が子を諭すような優しさを含んだ声がかかった。

「あの子達は、君に見てもらいたくて必死だった様だからね。私も最後まで見届けて欲しいんだよ」

ちなみに源さんは、賭けのことなんて…知らなかったのです。

「井上さん…わかりました。じゃあ、お茶お願いします。ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。君もたまにはこうして楽しめる時間があってもいいと思うからね」

ニコっと笑顔で去っていく源さんに、何て良い方だろう…と胸をいっぱいにして見送っていた矢先、わあっと歓声が上がった。

・・・っいけない、試合っどっちが――

振り向いた千鶴の先に見えたのは――



押し切ろうとする沖田さん

劣勢気味の斎藤さん











































押し切ろうとする沖田さん





勢い沖田さんの手元を離れた羽を、打ち返した斎藤さんが珍しく体勢を崩して。
そのまま、打ちあがるだけで返しがあがったところだった。

・・・・・このまま、沖田さんが打ち込んだら・・・・

決まる、そう思ってじっとその瞬間を見逃すまいと身体を固くする。

そのとき、そんな勝負どころなのに、確かに目が合った。
こちらを確認するように一度見て、羽に視線を戻して軌道を確認した後、もう一度――

ふっと笑顔になったような気がした――

振り下ろした腕がもう一度あがることはなかった。
地面に落ちた羽に、やった!千鶴ちゃん見たー!?と左手を上げる総司に、千鶴はおめでとうございます、とばかりに手を叩いたのだった。

「あ〜あ…言いだしっぺが優勝か〜…オレもっと良いところ見せたかったなあ」
「つうかよ、千鶴ちゃんと総司、二人にして…いいのか?」
「おいおい、今更だろ。自分も懸けに乗ったんだからよ。聞くしかねえよ。そうだな?斎藤」
「・・・・・・ああ」

・・・何だろう、斎藤さんがひどく落ち込んでる。
そんなに勝ちたかったのかな…

「・・あの、斎藤さん惜しかったですっ!次は…わかりませんよ?それくらい、いい試合でしたし」
「・・・・・次では意味が無い。今日でなければ・・・」
「・・・・・?あ、一緒に御節、食べましょうか。約束でしたよね」

全く表情が戻らない斎藤に、千鶴がそう声をかけたのだが…何故か優勝した総司の苛立った声によって遮られた。

「斎藤君はその前に、僕とした約束守らなきゃだよね?」
「・・・・・・・そうだな」
「千鶴ちゃんは、僕と一緒にいるって約束だったよね?じゃあ行くよ」
「え?あ、ちょっと…」

腕を引っ張られ、みるみる内に先ほどまで羽根つきをしていた境内が小さくなっていく。
羽根つきが終わって、ようやくお酒解禁なのに、遠目にもどこか皆気分が上がらないように見える。
特に斎藤は何かあったのではないかと思うほど――

「あの、沖田さん。皆さんと一緒じゃだめなんですか?」
「だめ。何の為にこの寒いのに汗流したと思ってるの」

土方がいたら、厄払いだろうが!と怒鳴られそうなものだが。

「でも、何か皆さんの様子がおかしいし…それに、沖田さんも大勢のほうが楽しいんじゃ…」
「君、ここに来てからどれくらいになるっけ」
「え?ええっと…」

足はそのまま止まることなく、あっという間に屯所の中。
総司の部屋に連れて行かれた。

「結構になるよね、そりゃみんなと呑むのも楽しくないとは言わないけど…こういう時に懐きたい相手は選んでるつもりなんだけど」
「・・・あ、近藤さんはそういえば…山南さんと呑まれていますよ?」

近藤さんが相手してくれないから、不機嫌なのだ。
そういうところは、分かり辛いけれど真っ直ぐだと思う。

「まあ、近藤さんとももちろん呑みたいけど、できれば二人で呑めたらね。でも今は・・・・・この為に頑張ったんだから」
「あ、それ!その貼り紙…これ、沖田さんが書いたんですか?」
「そう。優勝賞品は…これが貼られていた君。そして優勝者は僕。労いの言葉はないの?」
「・・・・おめでとうございます」

勝手に賞品にされているのはどうなのだろう――
そんなことも思わなくもないけれど、尖った空気がそれを言わせてくれない。

「あの…それで、私はどうしたら…」
「傍にいるって約束でしょう。今日一日は邪魔入らないし」
「傍にいて、何をしたら…あ、お酒とか料理運んで来ましょうか?」

何故か険のある声に、ビクビクした感情が出ないように努めて明るく振舞ったのだが、それも気に入らないのかますます目を尖らせていく。

「いらない」
「そうですか・・・・・・・あ、あの、やっぱり美味しくないから・・ですか?」

昨日、美味しくないと言った言葉が、真実だったのかもしれない。
急にそんな風に思って、恐る恐る問いかければ、呆れた眼差しが返ってきた。

「あのさ、あの後あれだけ美味しいって食べてたのに・・・何でそう思うわけ?千鶴ちゃんもう少し肯定的に物事見たほうがいいよ」
「で、でも・・・沖田さんはわかりにくいです。いつも意地悪言うし、意地悪信じたら笑うし、信じなかったら可愛くないって言うし・・」
「・・・・・どうせ斎藤君みたいに、素直には言わないよ」

何故斎藤さんの名前を出すの?

「・・・・あ、そうですね。斎藤さんは昨日も褒めてくれて・・・」
「よかったね。じゃあ今から行って一緒に御節食べて、また美味しいって言って貰えば?」
「・・・・いいんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

自分からそうしろと言ったのに、何故か千鶴の答えが気に入らないように頬杖をつく様は、拗ねた子供だ。

「・・・・ほら、真意がわかりにくいです」
「でも今、わかったじゃない。だから、行かなかったんでしょう?」

そりゃあれだけムっとされたら…いくら千鶴でもわかる。
総司の言葉に、はい、と答えると不機嫌な面差しが少しだけ険の取れたものになる。

「それに、素直になって・・・困るのは君じゃないの?」
「私がですか?そんな事…素直でいてくれるほうがありがたいです」

私鈍感なところがあるらしいので、気付かないことも多いだろうし、と付け足せば、うん、そうだねと即答される。
あまりの即答っぷりに、思わずううっっとなれば、眉が八の字になったと眉尻を上げられて。
ようやくいつもの総司の笑顔に、少しだけほっと胸を撫で下ろした千鶴に、じゃあ…と休む間もなく会話は続いて…

「素直になろうかな」
「はい」
「面白くない」
「はい?」

いきなり、面白くないと言われ…いや、素直な発言だけどどうしたらいいのか――
目をパチパチ瞬かせながら、次の言葉が出ない千鶴に総司はどんどん言葉を連ねていく。

「面白くない、二人になりたくて頑張ったのに、千鶴ちゃんが気にするのは斎藤君」
「え」
「優勝した僕には、一度拍手したっきり。その後はずっと落ち込む斎藤君気にかけて僕は知らん振り」
「・・・・・ええっと、それは斎藤さんが落ち込んでいたから・・・」

面白くないは、『今』じゃなくて、『試合の後』のことだったのだと理解して。
そういえばあの時、おめでとうございますの声もかけていなかったと反省する。

「挙句斎藤君と一緒にいたがる君に落ち込む僕には、ビクビクしてるだけ」
「・・・・・・お、落ち込んでいたんですか!?てっきりイライラしているものだとばかり――」
「両方」

向かい合って座っていたのに、ぶっきらぼうに言葉を言い放ちながら、すぐ傍にうつ伏せになって肘を立てる。
自然見上げられる姿勢になって、相槌を打つのも頭から飛んでしまう。

「二人きりが嫌みたいに言われるし」
「言ってませんよ」
「言った。みんなと一緒じゃだめなのか、とか。近藤さんと呑んだらとか。すぐに理由つけて部屋から出ようとするし」
「・・・・そういうつもりじゃないんですけど・・」
「でも、そう見えたよ」

ずっと長身の身体を肘で動かして、いつの間にか千鶴を抱え込むように腕を伸ばした。
頭は膝の上。
膝枕はしたことはあるけれど、こんな風にこの状態で腕を回されたことはない。

「・・・・・・困る?」
「え?」
「素直になったら、君が困るって僕言ったよね。・・・・やっぱり困ってるじゃない」
「・・っそ、そりゃ・・こんなことされたらどうしていいのか・・わ、わからないし・・困り・・ます・・・」

やめてください、と言える感じではないのだ。
今はねつけてはいけない――そう自分でもわかるからすごく困る。

困ってると言えば、また怒るかもと思われたけれど・・・
どうにも定まらない視線を何とか、膝の上に顔を摺り寄せる総司に向ければそうでもないのか――
横目で見上げる視線は優しい――

「・・・あの、困るって言ったのに・・怒らないんですか?」
「怒って欲しいなら怒るけど?」
「い、いえっ怒らないならその方が・・・」
「うん、怒らないよ」

その声が本当に怒ってなくて。
棘の抜けた声は柔らかくて、所在なさ気だった両手を総司の頭にそっと置いて撫でる自分の仕草に、躊躇いを覚えない程に…
すとんと千鶴の心に落ちていく――

「・・・それ、気持ちいい」
「はい、気持ちを込めてますから」

今まで見たことないような、無警戒の千鶴の笑顔に思わず顔を埋めて隠す。

どんな気持ち?と聞けば、きっと千鶴は言い澱むのだろう。

『怒らないんですか?』

千鶴の言葉に怒る筈がないと心の中で返した。
自分とは違って素直な千鶴。
困るって言っていたけど、表情は素直だった――

今、向けられた笑顔は、人の心に聡い総司にはわかりやす過ぎるような、気持ちが表れていて。

・・・・・・これだけで不整脈みたいに・・・単純だけど、嬉しいものは嬉しい――


「勝負なんてしなくても、当たり前に僕の傍にいるように…なって…くれなきゃ斬っちゃうかもよ――」


素直な本音がつい、口を出る。
言おうとした言葉に、声に自分が驚かされて。
故意に、またいつものひねくれに戻したけれど、それでも傍にいて欲しいって想いは汲み取って欲しい。

君の笑顔を頼りに、君に言葉を向けていく――









END










































劣勢気味の斎藤さん





勢い沖田さんの手元を離れた羽を、打ち返した斎藤さんが珍しく体勢を崩して。
そのまま、打ちあがるだけで返しがあがったところだった。

・・・・・このまま、沖田さんが打ち込んだら・・・・

斎藤さんが負けてしまう――

どっちを応援するとかではなく、どっちも応援する、みんな応援する。
そう思っていたのに。

必ず、勝つ――見ててくれ』

その言葉が不意に頭にこだまする。
沖田さんが打ち込もうと腕を振り上げたところで、「拾って…っ」と思わず声が出て。
それは千鶴が自分で口元を押さえ込んだ、小さな空間でのみ響いた言葉だったのだけど―

「・・・・・・・くっ」

取れる筈がない、打ち返せる筈がないと思われた右方向への打ち込み。
斎藤は咄嗟に羽子板を持ち替えて右手を伸ばした。
掬い上げた羽は、鋭い軌跡を描いて、総司の脇を抜けていく――

「・・・・あ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・勝負あったな、総司――」

悔しそうに抜けて落ちた羽を一瞥して、総司が観念したように両手をあげる。

「はいはい、僕の負けだよ」
「・・・・・・・・・」

その言葉を受けると、斎藤は千鶴のほうに目を向けた。
羽根つきに勝った以上の喜びが、その表情に見えた。

・・・・・斎藤さん、本当に嬉しいんだ――

斎藤が千鶴の方に足を向けると同時に、千鶴も斎藤の下へ小走りで向かった。
久しぶりに着た晴れ着で、足が思うように動かなくて。
自分がいかに袴に慣れてしまったのかがわかって、もたついてしまうけれど。

手を伸ばせば触れられる距離まできて、千鶴はようやく届く声で「おめでとうございますっ」と告げた。
斎藤がずれた千鶴の兎の飾りを直しながら、「ありがとう」と告げて。

「・・・そこまで喜んでくれるとは思わなかった」
「だってすごいですよ!持ち手を変えるとは思わなくて…負けちゃうって思ったんです…咄嗟にそういう行動が取れるって流石ですね」

子供のようにはしゃぐ千鶴に、何故か斎藤が一瞬声を詰まらせた。
困ったように一度目を逸らした後、バツの悪そうな表情を浮かべて。

「いや…あれは…そんな大したことじゃない」
「そんなことないですよ。私なら絶対落としてます」
「・・・声が、聞こえた気がしたんだ。だから――」

声?と聞き返す千鶴に、珍しくたどたどしく言葉を続ける。

「千鶴の、声が―・・・負けるわけにはいかないと思い出して、後は必死で、どうしてそうしたかもよく覚えてない」

いつも冷静沈着で、落ち着いた声の印象がどこにもない。
聞いていて、どこかこちらまで落ち着かなくなるような気がして。

「・・・あの、私も咄嗟に・・・斎藤さんの応援していました。拾ってって…言っていたんです」
「・・・・・・・そうか」

続いた沈黙に、二人して言葉が出てこず。
とりあえず目についたものは…

「・・・あ、たすき。たすき外しましょうか」
「・・あ、ああ。頼む」

こんな二人は、先ほどまで皆と羽根つきをしていたことを忘れているようです。

「・・・・・何ていうかよ・・・すごいよなあ。飯の時の斎藤を思い出せなくなりそうだぜ。見ていてむずがゆくなるのは何でだ!?」
「まあ、そういうこそばゆい雰囲気が所彼処に流れているからだろ?・・・・ここにいると更に中てられそうだな」
「だよなあ。いいなあ一君。ほら、総司。諦めて行くぞっ」
「・・・・・・・負けは、負けだしね。・・・・・仕方ないけど・・・絶対勝てたと思ったのに・・」

ブツブツ言う総司に、おら元気だせよ!と3人が背中をバシバシ叩いてくる。
慰めてくれているつもりなのかもしれないが、普通に痛い。

「お、今日は聞き分けあるじゃねえか」
「いつもですよ」
「負けたよなあ。オレ、何か…試合後も負けたって感じがする…」
「「「それは言うなよ」」」

こうしてみんながいなくなったところで、ようやく二人が取り残されたことに気が付いた。
最初は二人でのんびりしたいと思っていたが、総司の懸けの提案で、そのことよりもそれを阻止することばかりを考えていた。
なので、こうなると、何と言うか…

妙にそわそわするのは何故――


「・・・あ、そういえば、これ・・・斎藤さんこれって本当なんですか?」

気を紛らわせるように、千鶴が元気良く目の前に掲げたのは・・・もちろん総司の書いた【羽根つき大会 優勝賞品】の紙だった。
千鶴に説明していなかった斎藤は、これを見て固まった。

・・・・・・何故、人が秘密裏に処理しようとしていたことを、こんなに堂々と・・・・・
しかも、まるでこれでは俺までその為に必死で羽根つきをしたようだ。
いや、間違ってはいない。千鶴の為だが、そこには自分の為という根底はない――いや、ないのか?

斎藤さんの頭の中は静かに混乱の渦に取り込まれていきますが、千鶴が更に爆弾を落とします。

「本当、なんですね――」

斎藤の狼狽ぶりに、この貼り紙は冗談じゃないのだとわかって。
顔を赤らめて俯く千鶴に、このまま黙っていては総司と同類にされてしまうと、必死で防衛反応が出たのだが。

「いや、俺は止めようとしたのだが、その…他の者は皆やる気になっていて…神聖な羽根つきをこんなことに使うのはどうかと・・・」
「・・・・・こんな、こと・・」
「ち、違う。千鶴のことを決して軽く見ている訳ではなく――そう取られてしまうような言葉だったか…何と言えば…」

もはや、心の中で考えなければいけないことまで、口に出している始末。

「新選組の取り組みをだしに、千鶴と二人きりになろうとしてるのを止めようと…他の者が勝てばどう言おうときっと聞き分けることもなかっただろうし…」
「あの、斎藤さん・・」
「特に総司など昨日から色々口を出して、……?何だ?」
「わかってますから」

わかってる?何を――
斎藤の必死な様子に、千鶴の緊張もどこか解けたのか、柔らかい笑みを向けてくれる。

「その、斎藤さんが羽根つき…新選組の取り組み、でした?そういうのに賭け事を交えたりしないって。私そんなこと知らなくて、暢気に応援しててすみません」
「いや、応援は…皆嬉しかったのでいいとは思うが」
「そうですか。・・・・・・・・・斎藤さん?」

千鶴にわかってる、と言われて、ホッとした。
なのに、自分の中ですごい矛盾に気が付いてしまい、どうしていいかわからず顔を曇らせた斎藤に、千鶴がすぐに心配そうな顔を寄せる。

「どうかしました?どこか傷めました?」
「いや、今日は…」
「今日?斎藤さんの誕生日ですよね。おめでとうございます」

元旦よりも先に、自分の誕生日を口にしてくれる千鶴に、胸の中の思いが強くなる。

「ありがとう…いや、それで…昨日一緒に御節をと・・・」
「あ、はいっ伊達巻甘くしてませんよ。一緒に食べませんか?」
「そ、そうしたいのは山々なのだが…それでは――」

千鶴と二人きりの、時間。
昨日はそうしてくれるなら――と何も後ろめたく思わなかったのだが。
今日、こうして千鶴と二人きりになりたい者を、試合の結果で追い払い、千鶴と二人きりになる。

・・・・・・・・まるで、賭け事に乗って、勝ち取ったからいるようだ――

それは何か、違う。
賭けには賛成していなかったし、千鶴とそういう二人きりというのは――

難しい顔をする斎藤に、千鶴があっさりと答えを導くように話しかけてくる。

「昨日、約束しましたし。私も斎藤さんの為に作ったので食べて欲しいです。お祝いしたいし…都合悪いですか?」
「・・・・・いや」

約束、したから。
自分の為に作ったから。
お祝いをしたいから。

全てが、頑なに掲げていた「いや、しかし」の意見を覆していく。

勝ったからじゃない。
千鶴にそうさせている訳ではない。
千鶴が、そうしたいと望んでくれるから――

だから、素直に聞こうと思える。
千鶴の言葉に、躊躇なく頷ける――

自分は思ったよりも、贅沢なのだと思った。
どんな理由でも傍にいたい―ではなく、そう思って欲しいのだ。

・・・・・・・傍に、いたい?

強く思った感情の意味を突然理解して、頬に熱が集まるのを自覚する。

「感謝する――」
「…お、大袈裟ですよ。えっとじゃあ…どこで食べましょうか?」
「そうだな、俺の部屋で…」

他の部屋はどこも使っているか、皆それぞれに楽しんでいるだろう。
かといって千鶴の部屋も憚られる。

「はいっ…お酒の用意もしますよね?斎藤さんって…強いんですよね」
「・・・あまり考えたことはないが、酒に翻弄されることはないとは思う」
「そうですか。お酌も…させて下さいね」

今日はこの格好なので、斎藤さんもお酒が進むのではないでしょうか。と小袖をひらひらさせる千鶴に。

普段以上に感じる鼓動に、押しつぶされそうになる。

「本当なら…何か贈り物用意したかったんですけど…準備不足で…」

少し歩調が遅れた千鶴に、待つだけでなく、一歩下がって横に並ぶ。
そんなことで、すごい貰いものをしたように驚いて、喜ぶ千鶴が…素直に可愛いと思えた。

「・・・・・俺は今まで、ここでこんな風に元旦を過ごすなど…考えられなかった」
「・・・・・・」
「だから、こうして千鶴と過ごせることが…十分過ぎる贈り物だと思っている」
「・・・・・・・斎藤さん」

ふわっと笑顔が向けられる。
自分が同じような微笑みを湛えているなんて、露も知らずに――

千鶴の笑顔に、代えられない安らぎをもらって。

変わらず、いつまでも、こうして笑顔を頼りに――










END










斎藤さんお誕生日おめでとうございますvv
久々に書いた!って気がするような…しないような…

私はかっこいい斎藤さんも、可愛い斎藤さんも両方大好きです。
なので、両方、両方書けたらいいなと思ったのですが。

共通では格好良く。
分岐では可愛く。

…書けたかなあ。

ああ、斎藤さん好きだなあと感じました。
誕生日、すごく二人ならではの過ごし方をしたんだと思いますv

ここまで読んでくださりありがとうございました^^





こっそり下におまけ。

次の日の沖田さんと斎藤さんの…会話です。













*おまけ*

「昨日は楽しめた?今日からはまた容赦しないからね」
「・・・・・・・・総司、小さい声で・・・・」
「?珍しいね。二日酔い?・・・・へえ、どれだけお酌されていい気分だったんだか…」
「うるさい。・・・・・・・・・・///」
「(うわっ思い出し照れ!?)・・・・・・・千鶴ちゃ〜ん、斎藤君呑み過ぎて今日は相手できないって!僕と遊ぼう〜!!」
「っ!?!?くっ・・・(痛い…)そんなこと、言ってはいない」
「何、もしかして今日も一緒にいる気?」
「悪いか」